愛と不如意

どこまでもモノローグ

またいくね、ロンドン

自分語りをする適した場を探し彷徨いながらはや数年…SNSがいろいろありすぎて、そのいろいろのフォーマットに文体が規定されるのが嫌すぎて、結局続かないのよね。ブログと携帯小説がドカンと流行った時代にティーンだったから、やっぱりテキストに戻ってきてしまう。あの頃ライブドアブログはちょっとおしゃれな感じで、テキストがギュっと詰まっているのが好きだった。(↑そのギュっを再現)

 

来月はマイホームタウン(心の)ロンドンへ行く。旅ノートに地図を模写し、ショップや観光名所をほくほくしながら書き込み中。至福。こんな至福が私の人生にやってくるとは思わなかった。この世界に行きたいところも生きたい場所もあるわけないだろ、と思っていた。2025年、急にロンドンに行き、ノノガとHANAに出会い、呪術廻戦にハマり…ああなんて健康な感性。私じゃないみたいだけどこれが私なんだな。

 

足りないものも失ったものも戻ってこないものも、私を形作る尊いもの。価値とか意味とかそんなのどうでもよくて、これが私(の人生)なんだな、とただ思う。

 

ロンドンにどんどん行く。何回も行く。アイスランドにも、フィンランドにも、チェコにも、オーストラリアにも、ニュージーランドにも。こんなにどこかに行きたい気持ちになれたことを喜びたい。

私をよきところへ連れて行くのは私。

自分でいられた旅@ロンドン/250131〜250205

 

行きたい行きたい行きたーい!という気持ちが行動に結びつき、念願のロンドン🇬🇧旅行に行ってきた。

日本にいるときの自分が、いかに他者の目を気にして、「ちゃんとした」私でいるべしという規範にまみれ、目や耳に入る事象に傷つき、緊張しているかがよくわかった6日間だった。

旅行者という身分は気楽なもので、生活者じゃない故にその人に張り付いている様々な「ラベル」が問われない。

その辺に生えている草花、ぐらいの気持ちで街に居られるのがとても心地よかった。

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道を歩くとき、地下鉄で移動するとき、心の中でいつも鼻歌を歌っていた。

アニマルフレンドリーな街だから、電車の中にもワンちゃんが(私よりも落ち着いて堂々と)席に座っている。小さな子どもを連れている人も、全く「迷惑をかけてすみません…」と肩身を狭くしている感がない。地下鉄にエレベーターがなくても、居合わせた力持ちがベビーカーを担いであげている。

あらゆるところで、生き物が堂々と「居る」感じ。 

日本では、誰しもが自分の存在が迷惑にならなように全神経を張り巡らせているように思う。

それ故に他者の「のびのび」感に不寛容だし、過剰なケアやサービスで心底疲れている。街中の誰もが、目の前の他者に対してイネーブラーになり得てしまうというか。

そういうの、もうやめにしない?と言いたいけど、一人それを実践するのはなかなか勇気がいる。小さな一歩を考えたい。

 

日本に帰ってきてしまった寂しさと悲しさをじんわり噛み締めながら、私が居られる場所は世界に沢山ある、と信じて。

とりいそぎの気持ちの記録。

戻ってきた2025

お久しぶりにはてなブログを開いたら、え、びっくり、一年前の私超がんばって生きてる、としみじみ。

 

ことばを他者のために絞り出す日々に、私の中でひずみがぐんぐん大きくなっている。

命がけで大人の話を聞くケアラーとしての子どもが、大人になって、まるで同じことを「仕事」にするというのは、果たしてよいことなのか。

「あのときの私とは違う」という確認と自己承認が報酬だとするならば、あまりにちんけだ。そもそもそんなことのために、相手を巻き込むなという話。

世の中にはもっと、そんなことをしなくても得られる心地よさや楽しさややりがいを得られる営みがあるだろう。

私が私のケア力を切り売りするのは、私には「それしかない」と思っているからなのか。だとしたら、それはあんまりにも悲しい。「べつに生きていたくない」私ゆえに、「楽しく」生きるためのカードを揃えるのを、あまりにもサボってしまっていた。

 

実名で、開かれたきれいな言葉を書き、あたかも真摯に語る私は、「皆のため」の私なんだろう。そうやってずっと、その時々に必要そうな「私」を提供し、自分で拵えた「私」を消費し、すっからかんになってきたのだった。

「誰かのため」なんてどうだっていい、「健全な関係」なんて全部いらないから、私(とたった一人のあなた)だけの繭の中に閉じこもりたい。そんなことを思う程度には、つながり拒絶モード。

根っこの部分は、ひとり食べて吐いて泣いていたときの私と全然変わっていない。案外アディクションに耽っていた時間は、繭の中にいるのと同義だったのかもしれない。

その意味ではきっと、あの頃は幸福だった。

 

 

230427

昨日の日記のお願いごとが効いたのか、比較的よい気分で目覚めた日。

久しぶりに資格試験の勉強を再開し、午後からのお仕事の予習など。電動自転車で30分ほど移動。勤務時間はあっという間に過ぎる。最後にヘビーな相談が入る。

ヘロヘロで帰宅すると、クマ氏カレーが待っていた。めちゃ美味しい。おかわりする。カレー、おにぎり、コーヒーは、自分で用意したものより人に出して貰った方が100倍美味しい気がする。作り手の気持ちが乗った食べ物は本当に美味しい。命メーターが上がる気がする。カレーのおかげで夜の面談もスイスイできた。

明日も「消えちゃいたい」が眠ってくれていますように。多くは望みません。

230426

東京に戻って、久々のよろしくない精神状態。あちらで受けた言葉がボディブローのように効いてくる。加えて、加害者に送った内容証明郵便には返事はなく、最も害悪な「無視」を決め込む対応に心が殴られる。仕事もスッキリといかないことが続き、あー、消えちゃいたいな〜モード。+太ってる…!(痩せるか死ぬか)モード。

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とはいえ、10年前のように薬を飲んで強制終了したり、ザクザク自傷するほど体力も時間もなく。祖母の遺言を持って、司法書士の先生と面談。向かう電車でボロボロ泣く。マスクをしていてよかった。

クマ氏と待ち合わせて、オソロのTシャツを買った。え、何か元気な人みたい。ねぎしでは豚(トン)テーキセットが復活していて、この日初めてのハッピーモード。ヨドバシカメラでiPhone14の新しいケースも入手した。

帰宅後夕寝、からのオンライン面談、からのフィットボクシング。ボクシングのときは、フィジカル的にキツ過ぎて無になれる。すごい効能。明日は今日より1ミリでもよい気分でありますように。

230421

『花束みたいな恋をした』をFODでみる。調布の映画館で大洪水の涙を流しながらみたけれど、改めて涙腺がおかしくなる。最後のファミレスシーン、麦くんのセリフが象徴するものと、「始まったばかり」のかつての二人を象徴するカップルの対比が凄まじくて、その残酷さと儚さと美しさに目眩がする。人と共にあるというのとは、いつか「知らないあなた」になるかもしれないという「分からなさ」と、ひと匙の恐れを抱えながら生きるということ。奇跡の積み重ねでしかない。

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という涙活をせざるを得ないほどには疲弊中。やりのこしたことがあり、地元の宿泊を一泊延長した。両親の空中でぶつかり合ってバラバラと壊れて落ちる会話を聞いていると、憎み合って共にいることへのアディクションだとしか思えない。目の前の刺激的な苦痛があれば、空っぽの自分に出会わなくて済む。現実を生きなくて済む。

今日は、デパートでクマ氏へのお土産を見ているときが至福だった。果物屋さんで食べた、マンゴーカレーも美味しかった。ストレス過多でビタミンCが破壊されているのか、珍しくフルーツが食べたい数日間。まあ、兎にも角にもそこそこの力を残して、生きて東京に戻る!それが今の目標です。